カーリン&カール・ラーション友の会について
Sedan nov. 2012
 
カール・ラーション・ゴーデンのリラ・ヒュットネース入口ドアのうえに掲げられている
「ようこそみなさま。カール・ラーション夫妻の家へ」というプレート。
私も真似をして「ようこそみなさま。カーリン&カール・ラーション友の会へ」 
 
カーリン&カール・ラーション友の会について
このサイトは、スウェーデン国民からいちばん愛されている19世紀から20世紀初頭にかけて活躍した画家カール・ラーションについての情報交換の場です。
ラーション家族とその絵の中の世界が大好きになってしまった私と趣味を同じくする大勢の方とお友達になりたいと思っています。
 
カール・ラーションが世界的に有名な画家になった陰には、生涯最愛の妻であり続けたカーリン・ラーションの力に負うところが大いにあります。まさにカーリンあってのカールと言っても過言ではないと思います。
時代はヴィクトリアン・・・女性が一歩もニ歩も引く風潮の中、カーリンは夫を立てつつ、しかも自分の芸術家としての才能も家庭の中で活かしながら、7人もの子供を育てます(出産後すぐに亡くなった子供が一人、そして長男ウルフは18歳で亡くなりましたが・・・)。
スサンヌ、ウルフ、ポントゥス、リスベット、ブリッタ、シェスティ、エスビョーンの7人の子供たちと、お手伝いさんたちも含めると10人以上の大所帯の主婦としてのルーティン・ワーク以上の仕事・・・縫い物、編み物、インテリア・デザイン、陶器製作、料理、家具デザイン、ガーデニング、ホーム・パーティなどを自身も楽しみながらこなしていきます。長男を亡くしたり、自身も死の淵をさまようほどの大病をしたり、晩年の逆境に鬱っぽくなっていく夫を支えつつの人生でしたが、強い言葉、激しい言葉で自己主張するわけではないのに彼女の意匠は100年以上たった現在でも通用する「カタチ」でダーラナ地方のスンドボーン村「リラ・ヒットネース(いわゆるカール・ラーション・ゴーデンの中の母屋)」に残され見事に保存されています。
当会の名を「カーリン&カール・ラーション友の会」としたのにも、カール・ラーションの陰の仕事をしてきたカーリンの方に視点を置いてみたいというこだわりもあります。

ファールンからスンドボーンに向かう道路沿いにはカーリンの手仕事をプリントしたスクリーンが並べてありました。ダーラナ名物の馬のフィギュアの左側にあるのは「カーリンのひまわりのクッション」として有名な作品のプリントです。
ひまわりはアーツ・アンド・クラフツの芸術家たちの好んだ花です。ちなみに「青と黄色」は国旗の色でスウェーデン人の大好きな色です。
(2012年6月20日撮影)
C.L.のサイン入りですが、これもヘルシングランド地方(ダーラナの北東隣)の伝統工芸にヒントを得た「裂き織り」とリボン刺繍を組み合わせたカーリンの作品です。古い衣類を裂いたもので織る、裂き織は日本でも東北地方でよく見られます。C.L.G.には「こぎん」や「刺し子」からヒントを得たテキスタイル類もたくさんありました。
(2011年6月22日 ラーションの孫のKarinさん夫妻とともに訪れたファールンの家で撮影)
これもファールンの家に飾ってある
カーリンの刺繍。額装してあるので大変良い保存状態です。

(2011年6月22日撮影)


友の会の活動予定

@カール・ラーションの作品の複製画展の企画

カール・ラーション・ゴーデン館長の Christina(Chia) Jonsson(キア・ヨンソン) さんに提案中です。
1994年に日本で最初のカール・ラーション展が東京都庭園美術館、三重県立美術館、熊本県立美術館・分館、新潟県立美術館の共同開催で行われました。
その後、カール・ラーションだけでなく、妻のカーリンに焦点を当てる形の展覧会「カーリン・ラーション展」がロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で開催されましたし、2009年春にはストックホルム、ユールゴーデン島ヴァルデマス・ウッデにあるエウシェン王子の邸あとの美術館で没後90周年記念展が開催されました。日本にも巡回して来ると期待していましたが諸事情が許さなかったようです。
1994年の展覧会からすでに20年近く経ち、カール・ラーションの名は日本ではほとんど話題にもならなくなっているように思います。これは、カール・ラーションの絵はもちろん、カール&カーリン・ラーション夫妻とその家族をまるで親戚の家のように敬愛する私にとっては心底さびしい限りです。
ほんものの展覧会ができないのであれば、せめて複製画展でもできれば・・・明治時代最後の年1911年に白樺派の人達が日本でやったように・・・と思いついた次第です。
 


Aカール・ラーションのゆかりの地訪問

カール・ラーション・ゴーデンのあるSundborn村、墓地のあるSundborn教会、子供たちを学校に通わせるために持っていたFalunの家(2011年に私はカーリンさん、ダヴィッドさんとともに訪れました。カール・ラーションのエッチング・スタジオをも兼ねていたこの家にはエッチング職人の子孫が住み、当時のままの調度が残してありました)や、 カール・ラーションの絵画を多数所蔵、展示しているストックホルムの国立美術館、イェッテボリの美術館――などを同好の方々とともに訪ねたいと思っています。
また、二人が出会った地でもあるパリ郊外フォンテンブローの森の南にあるグレー村で彼らが滞在していた「オテル・シュヴィヨン」(おかみさんの死後閉鎖されていたものをイェッテボリの「グレー・シュル・ロワン財団」管理のもと、現在は北欧からの留学生のための寮となっています)や、「カール・ラーション通り」「黒田清輝通り」などもいつの日にか訪問する機会を持ちたいと考えています。
 
Bカール・ラーションゆかりの方々との交流会

私が知己を得て、親しくしていただいているカーリン・ラーション・オルソンさん(カール、カーリン夫妻の四女シェスティの末娘)は、スズキ・メソッドのバイオリンの先生ですので本部のある長野県松本市にもいらしたことがおありです。ご主人のダヴィッドさんともどもストックホルムに本拠のあるMazer室内合奏団団員として9月から5月まで毎週演奏会活動をなさっています。Wilhelm Stenhammar(ウィルへルム・ステンハンマル)やHugo Alfven(ヒューゴー・アルヴェーン)を始めとして日本ではあまり知られていないスウェーデンの作曲家の音楽に触れる貴重な機会でもありますので、そちらとの交流の機会も持ちたいと思っています。
 
今のところ上記のようなことを活動内容として考えています。
会員になっていただいた方からの、ご意見、ご要望をお待ちしています。
入会については、最後のページの「連絡先」メールアドレスにお問い合わせください。

                                  (2011年11月作成記事)
 

   

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