アイビー・スクエア
Nyheter  2013年6月以降の新情報を        書き足して行っています
 
   
 2018年の記事  
 
  スウェーデン旅行 (2018年8月3日~17日) 
8月3日(金) fri. 3/8 

成田→Helsingfors
 
Helsingförs Vantaa空港のセキュリティチェックの係員(髪も髭もフィンランド❣)
 
機体はFINN、でも中味はJAL

ターミナルへの移動はバス
8月4日(土) lör.4/8 
Rainbowday i Stockholm
 
STHLM Arlanda空港から中央駅前のHotel Adoronへ。何度も泊まっているのでwifiもひとりでにつながし、。街歩きにもSJや地下鉄やバスに乗るにも何しろ便利!
 
LGBTのRainbow day のパレード。
市庁舎前を1時にスタートÖstermalmstorigで解散。中央駅前の首都の大通りVasagatan を長時間交通止めにして! もはやマイノリティではないと確信
 
私とHItomiさんは中央駅前のホテル・アドロンの冷房の効いたロビーで座って見物。猛暑の夏だったのでとてもありがたかった。DrottninggatanをGamla stan方向に移動。
スタート地点の市庁舎が見えています。

   
Den Gylene Freden
 
Hitomi さんとlunch@Den Gylene Freden,Gmla Stan
 
 
スウェーデンで一番有名な「演歌作曲家&歌手」のEvert Taubeも常連客だったのでしょう。
 
Taubeの銅像はGamla StanのNobel Akademiの建物前にも、近くのRiddar Holmen島のEvert Taubes Terrass にもあります。(ちょうどストックホルム市庁舎を真正面に見る立地です)
   
Gamla StanにあるCarl Larssonの生家Stockholmを訪れたら必ず足を運ぶ場所
 
Gamla stanに来た人がみんな歩くVästerlånggatanに並行するPrästgatan 78番地。スウェーデン人も知らない人のほうが多い。
Tyska Stalplan(ドイツの厩広場)

 家の前の「ドイツの厩広場」の銅像の裏側にこのような記述があるのを今回初めて発見!
「YNGUNG BESTIGER HÄST馬に跨ろうとする若者」 
送り主の名はKarin Larsonの同時代の女性画家の一人Eva Bonnier。Eva の父Albert Bonnier 経営のBonnier 出版社からはCarl Larsson の画集が数多く出版されています。
8月5日(日) sön.5/8
StockholmC(9:45)
→FalunC(12:34)
 
Falunのホテルで一泊
 
壁の色は世界遺産の銅山の街の象徴的なFalun röd(ベンガラ色)
 
Facebook友達でFalun Communに住んでいるMia Spangeがお約束通りホテルのレセプションに家の鍵を預けておいてくれました!
Spange一家は私と入れ違いに家族4人で4週間の日本旅行にでかけ、留守中に「家を使って…」ということになったのでした。
8月6日(月) mån.6/8  
FalunのホテルからMia の家までタクシーで

無事Miaの家に到着! 
 
早速イケメン猫のFujiがお出迎え!

 とりあえず一晩目は終えました。
8月7日(火) tis..7/8     
 
最寄りのバス停に行ってみれば、なんと3時間待ちとのことに覚悟を決めて歩くことに
Sundborn⇔Falun 間を歩くのが好きだったCarl Larsson もこの道を歩いたに違いない!そう思ったからこその決断だったのです!
山賊に襲われるかもしれない…、熊に食べられるかもしれない…から、この360°写真はダイイング・メッセージになるかも…。と思って撮った写真。「笑い話にできて、ホーム・ページにアップできる日が来るといいなあ」という願いがかないました。
 
Miaの家でwifiに繋がっている間に付近の地図は出しておいたのに、一歩外に出ると自分の現在地わからず(;ω;)
 
いつか歩いてみたいと思っていたSundborn⇔Falun間のCarl Larsson
Leden(カール・ラーションの散歩道)もこんな道に違いないと確信
(2013年撮影のC.L.Leden道しるべ)

 よっし! Sundbornまであと1kmだ!
 
舗装道路になり、村の入口のSundborn hästも見えてきた!
 
何度も滞在したKihlströms stuganの経営者のLeif は木工の名手でした。2016年12月にDonatinお届け一人旅の日の夜、私の滞在中に亡くなってしまいました。貴重なるLeif作「Sundborn Häst スンドボーン馬」!
 
そして美しきスンドボーン村が見えて
きた時のうれしかったこと!

 
たどり着いたSundbornのレストランHyttstuganに座ると同時にwifiに繋がり Chiaから「Sundborn にはいつ来るの?」というメッセージが…。「1時間半歩いて今着いてランチしてる!」と返信してデザートを食べる頃、ゲラゲラ笑いながらChia 登場。
 
荷物をスタッフの部屋に置かせてもらって、まずは見学ツアーに。15~6回目になるかしら?
窓辺にはかわいらしい飾り物と並べて、2月の来日時に私がプレゼントした象彦の干菓子器も!


プレゼントしてもらった図録を手に、今年の企画展「Mellan BJÖRK och BAMBU」の展示を見にKvarnenへ。
       
8月8日(水) ons..8/8       
8月9日(木)tors. 9/8        
8月10日(金)fre.10/8        
8月11日(土) . lör11/8        
8月12日(日) sön.12/8       
8月13日(月)mån.13/8        
8月14日(火)  tis..14/8       
8月15日(水) ons..15/8      
8月16日(木)tors. 16/8         
8月17日(金) fre.17/8       
 
  .      

2018年2月19日~24日
カール・ラーション・ゴーデン 
スタッフ来日 講演会 ご報告
 
2016年12月から1年以上の月日をかけて、たった一人で企画した無謀とも言えるプロジェクトでしたが多くのみなさまからの有形、無形のお力添えをいただきました。おかげさまで無事終えることができました。応援してくださいました皆様に心より 御礼申しあげます。
💝 キアもカロリーネも「カールの心のふるさと」に来られたことを💝
💝大変喜んでくださいました💝
 💝宮田宜子💝
 
 
2018年3月8日のカール・ラーション・ゴーデンからの
Facebook ページへの投稿記事

https://www.facebook.com/CarlLarssonGarden/videos/1438769062913164/  
 
    2018年2月28日スンドボーン村の住人でFacebook 友達の
Mia Spangeから
「Annonsbladet Dalarna」というローカル・ペーパーの画像がMessengerで送られてきました。
今回お二人が来日するに至った経緯がかなり詳しく書いてあります。
この企画の立案者として私のフル・ネームまで書いてあり、びっくり❣❣❣
 
   「カール・ラーション・ゴーデン」からキア・ヨンソンとカロリーネ・エドマンの2人が日本に招かれラーション家族とリラ・ヒュッテネースでの暮らしぶりを東京の津田塾大学、スウェーデン大使館、岡山県倉敷市の3か所で話す予定です。
ラーション夫妻が一時滞在していたフランスのグレー村で過ごしたことのある倉敷出身の児島虎次郎画伯の孫の児島塊太郎氏も出席予定です。
 
 
2018年2月20日の カール・ラーション・ゴーデンからの
Facebook ページへの投稿記事


https://www.facebook.com/CarlLarssonGarden/posts/1422441781212559 
 
 
  講師:Christina Ann Jonsson クリスティーナ・アン・ヨンソン館長
   Caroline Edman カロリーネ・エドマン広報担当者
   
訳:宮田宜子 「カーリン&カール・ラーション友の会」代表
 
「スウェーデンで最も愛されている画家」という言葉が必ず名前の前に付く Carl Larssonは、1853年にストックホルムの貧しい家庭で生まれました。苦学しながらも、フランス留学中に身につけた独特な淡い色合いの水彩画で、自らの家族や住まいを描いたたくさんの絵は今も世界中で親しまれています。その絵を裏付ける家が、造られてから200年近くたった今も、絵の中の世界そのままにダーラナ地方スンドボーン村に残されています。今では200人を超えるラーションの遺族会が運営する「カール・ラーション・ゴーデン(通称リラ・ヒュットネース)」は見学ツアーと企画展示とミュジアム・ショップの売り上げだけを収入源とする自立心に富んだ文化施設です。スンドボ-ンは大画家カールが世捨て人のように都会を離れて定住したことが納得できるような限りなく静かで美しい村です。自身も芸術家であった妻のカーリンが、子ども7人の大所帯の主婦業も立派にこなしながら、その芸術的才能をいかんなく発揮した家具や刺繍、織物なども保存されており、北欧インテリアのお手本として今も古びることなく残っています。カーリンはまた裁縫、料理、庭造りなどの名人でもありました。堅苦しい常識や偏見にとらわれない自由な発想のできるすばらしい女性であったと思われます。
カーリンあってのカール・ラーション! ゴーデンあってのカール・ラーション! と私は秘かに思っております。

 
 
私とスウェーデンとのご縁は1993年から約1年間、二男がAFSの留学生として滞在したことから始まりました。1998年の最初のスウェーデン旅行は息子にお任せで後ろをついて歩くだけでしたが、たちまち大好きになったスウェーデンの人たちの言語でおしゃべりできるようになりたい! と考えるようになり帰国後スウェーデン語を習い始めました。その後、夫の闘病生活中を除いた2006年からはほぼ毎年1~2回行くようになりましたが、2008年には、二男のホスト・ペアレンツが3人でダーラナ地方を巡る3泊のドライブ旅行に連れて行ってくださり、憧れのカール・ラーショ・ゴーデン訪問もかないました。その時ミュジアム・ショップで買ったカール・ラーション・ゴーデンが舞台になっている「Resan till Carl Larsson⁻Gården  カール・ラーション・ゴーデンを訪ねて」という絵本の翻訳を帰国後始めました。再度現地で確認しなければわからないことがたくさん出てきて、2010年9月に二男のホスト・マザーが車で連れて行ってくれました。この旅に出る前に全くの偶然でラーションのお孫さん(四女シェスティの三女)のカーリンさんを紹介され、恐る恐る出してみた手紙に「私は、おじいさんと同じく日本も日本人も大好きなのよ! スウェーデンに滞在中に何回でも会いましょう!」という思いがけない返事をいただき、その後現在に至るまで親しくお付き合いをする仲になりました。またカーリンさんからは、従兄でSundborn在住のラーシュ・ヒュッテさんも紹介され、絵本の中の登場人物とそっくり同じに館内の案内をしてもらいました。二男のホスト・ペアレンツからは「スウェーデン人でもカール・ラーションの孫と友達になんかなれるもんじゃないよ!」とうらやましがられています。
スウェーデンに行けば必ずSundborn村に滞在し、カーリンさんの別荘(と言っても納屋を使った小屋ですが、すてきな内装でした)に泊めていただいたり、お身内の夏至祭のパーティに入れていただいたり、ゴーデンのキア館長(Christinaという本名でなく、みんなChiaキアという愛称で呼びます)にも紹介してもらいました。またカーリンとダンナさんのダーヴィッドがメンバーになっているストックホルムを本拠地とするマセール室内合奏団の演奏会やクリスマス・パーティにも参加したり、曾孫、曾々孫とも仲良くなり、スンドボーン村にもたくさん知り合いもできました。





 
実は2016年秋、カール・ラーション・ゴーデンは存亡の危機に見舞われていました。
ゴーデンの元財務部長の男性による約1,000万クローナ(日本円で約1億円以上)の使い込み事件が発覚したのです。Facebook のカール・ラーション・ゴーデンのサイトから刻々と入る「助けてください! 額の多少は問いません! このままでは閉鎖しなければなりません!」という悲痛な書き込みと国外の銀行からの振込口座も書いてありました。私にとっては他人事とは思えず様々な集まりがあるたびに手作りの「芳志箱」を持ち歩いて協力をお願いしました
11月末に箱の中味を確認しましたら予想以上にたくさん集まっていて「これは高い振込手数料を払うよりも私が持って行こう!」と決心し、あちらが都合の良い12月3日に日本の皆さんの真心と共に届けてまいりました。もちろん「空っぽになった」ゴーデンの金庫をいっぱいにできるほどの額ではなかったのですが、複数の責任者として立ち会ったキアとカロリーネは「カールが大好きだった日本の人が助けに来てくれた!」と涙を流して喜んでくださいました。この時「ところで来年は国交150周年記念の年だけど、日本のどこかの美術館か研究所からカール・ラーション関係のイベントのオファーは来てますか?」という私の問に「どこからも、なんにも」という返事だったもので、またもや無謀にも「じゃあ、私が頑張る!」と言ってしまったのです。
「日程はあちらが比較的暇な2月、二人分の飛行機代だけはなんとかします」ということだけを決め、具体的な日程などは2017年7月の1週間の滞在中に決めました。その後、メールやMessenger でのやり取りで様々なことを決めていき、今回のイベントが実現できました。
1月末に送られてきたパワー・ポイントの画像と、スウェーデン語の説明に訳をつけていく作業をしながら、つい欲張って「このあたりにこの絵も入れたらどうかしら? 日本に関連付けるものをもう少し増やして…」などと追加注文をして自分の首を絞めることにもなりました。二人からは「今回はとにかくゴーデンの話に絞りましょう」という返事でしたのでラーションの絵はあまりお見せできませんでした。日本でカール・ラーションの知名度がもっともっと上がることに貢献したい!…私の願いはその一点ですので、訳に付け足して今まで読んだ本をもとに、私なりの説明を付け足していくことでより深く理解していただけるようにと心を配ったつもりです。今回のイベントをきっかけに「カール・ラーション・ゴーデンに行ってみたい!」「もう一度訪れてみたい!」という方が増えることを心から願っております。




今夏のスンドボーンのKvarnen(粉ひき小屋ギャラリー)での企画展は「カール・ラーションとジャポニズム」と決まっており、その時使う日本の物もいくつか買って帰られました。
9月には新宿の損保ジャパン日本興亜の美術館での「カール・ラーション展」開催も正式に決定したようです。
倉敷の後、お二人を鎌倉にもお連れし一泊、2月24日朝帰国の途に着かれました。
 
 
 
 2018/2/18/日  13:45 ストックホルム、アーランダ空港発    
 
2018/2/19/月    10:00 成田空港着予定より30分ぐらい早い到着。
12:00 前にはホテル着!アーリー・チェックインもできてランチをしながら今後の予定の打ち合わせ。  
18:00~20:00 北欧文化協会2月例会
(津田塾大学千駄ヶ谷キャンパス) 
北欧文化協会理事の大島美穂教授のご尽力で会場の千駄ヶ谷キャンパスSA 202 教室を使用させていただき、受付も学生さんたちがやってくださり、70名近くの方がご来場くださいました。   

  
Chia Jonsson,Caroline Edman,Yoshiko Miyata,Mr.&Ms.Momose
(,左からfrån vänster)
  
講演中
2017年4月にオープンしたばかりの津田塾大学千駄ヶ谷キャンパスの最先端機器完備の教室
   
会場の様子
パソコン操作があるとはいえ、私だけが座り、遠来のお二人が立つという申し訳ないことに・・・
     
    Caroline,Chia,今井Madeleine(最初のSV語師匠,祐子&Karl Arne Jonsson (現SV語師匠)
 
千駄ヶ谷から3人でホテルに帰る
後ろ姿(撮られちゃった!)
 
1回目の講演会が終わって、
待ちに待った(?)お寿司タイム
 
Hyatt Regency Tokyo
からの新宿の夜景
2018/2/20/火 
      
   
 Carl Larsson が多大なる影響を受けた浮世絵の美術館に行きたい!」ということで、朝食後すぐにすみだ北斎美術館へ!  その後、表参道に移動しランチ そして、
お二人のリクエストで、
かの有名な
渋谷のスクランブル交差点
へ!
 
18:00~20:00 スウェーデン社会研究所 2月講演会
   
     
スウェーデン大使館 Alfred Nobel Auditorium (100名収容) が、ほぼ満席になる盛況でした
         
 
 2018/2/21水 
   
 
東京駅で巡業に出る「おすもうさん」と。 アイビー・スクエアに荷物を置き、大原美術館を見学。「日本で最初の西洋画美術館なのよ!」と言う私の鼻はヒクヒク。二人は「全部ホンモノ!」と期待通りの反応をしてくれました。
倉敷川沿いの道で。 
 
Madeleine,Yoshiko,Chia,Caroline,
Kobayashiくん(中学同期生でアイビー・スクエア社長)

有燐荘の畳敷の大広間



 講演会 開始前に
   
岡山大学の附属中学校時代の友人たちと、津田塾大学同窓会岡山支部の皆さんが大勢参加してくださいました💝 
出席を予定しておられた児島塊太郎氏は所用でご欠席でしたが、大原美術館の大原あかね理事長、虫明優副館長が出席してくださいました。 
津田塾大学総合政策学部にお孫さんの要花(いるか)さんがいらしている古賀和代さん(私の左)がお友達といらして下さいました。古賀さんはこの会での出会いをきっかけに鴨井さん(私の右)に英語を習い始められました。Carl Larsson つながりはどこまでも続きます💝
  

同窓会岡山支部の皆さんとの写真が一枚もありませんので、5月19日の支部総会のお邪魔した時の動画を貼ります!   2013年3月同窓会岡山支部で「カール・ラーションに魅せられて」というお話をさせていただきました生まれ故郷の岡山でカール・ラーション語り部としての初仕事でした。
校歌として歌い継がれている Alma Mater を参加者全員で斉唱  🎶 O Alma Mater,Mother dear
With songs thy name we greet.
Who dost the Gate of Knowledge here Set open for our feet.
Thou turn'st our faces to the light.
Thou pointest us the way.
The great of old,the wise and true Havetrodden in their day.🎶
 
 
2017年の記事 
150周年記念講演会お知らせ
Resan till Sverige
Dala Demokratenダーラ・デモクラーテン記事・Sundborn合宿(med Motomu & Moa)
→Mora→Eskilstuna→Uppsala→Stockholm(besökte Karin med Motomu)
2016年の記事 
Resan till Sverige för att leverera DONATION カール・ラーション・ゴーデン救済寄付金 お届け旅(3~10 dec.12月)
スウェーデン旅行(17~27mai. 5月・Sundborn→Leksnad→Stokholm) 
2015年の記事 
Resan till Sverige(19 ~juni)
Sundborn→STHLM→Wadstena→Uppsala→STHLM
2014年の記事 
Resan till Sverige(dec.) STHLM→Göteborg→STHLM
Reasan till Sverige(juni~aug. (med Yoshi & Yohko)
Resan till Frankrike(6~15 mai.) med Hisako
för att titta på Carl Larssons fösta uteställning i Paris
och besöka Grez-sur-Loing
2013年の記事 
Resan till Sverige
(14~ juni. )
för att titta på Carl Larssons
utställnig
i STHLM

→Hallsberg (Bergöövåningen)→Sundborn
 
 
 
2018年2月カール・ラーション・ゴーデン
スタッフ来日決定❣❣❣ 
(2017年12月10日記載)
 
   
2月19日会場
津田塾大学千駄ヶ谷キャンパス
SA 202教室
 
 
2月20日会場
駐日スウェーデン大使館
 

2月21日会場
倉敷 HOTEL IVY SQUARE 

さらに詳しい情報はこちらから ❣
http://www.tsuda-jyuku.org/square/news/80

 
 
 カール・ラーション・ゴーデン スタッフ来日講演会
―――「カーリン&カール・ラーション友の会」の皆様へ――― 

このタイトなスケジュールの中「なぜに倉敷へ?」
 
息子が高校生の時に留学したことがきっかけとなり、スウェーデンに深い関心を持つようになった私はあっという間にカール・ラーション夫妻のとりこになってしまいました。
スウェーデン画壇の大御所であり国立美術館の大壁画などの作者としても有名な、画家カール・ラーション(1853~1919)は「スウェーデンでもっとも愛される画家」と言われ続けていますが、それは子だくさんの家族との日常の何気ない出来事や、自らの住まいをモティーフにした数多くの作品があればこそのことです。
ストックホルムやイェーテボリなどの都会を離れて本拠地としたダーラナ地方スンドボーン村の住まい「リラ・ヒュッテネース」は外装、内装、家具調度のほとんどすべてを夫婦で合作したラーションの最高傑作 (と、私は思っています) ですが、100年以上前の姿のまま保存されカール・ラーション記念館としていまも心癒される、美しいたたずまいのままみごとに残されています。

何度もスウェーデンを訪ずれる間にカール・ラーションのお孫さんや、カール・ラーション・ゴーデンのスタッフとも親しくなり、日瑞国交150周年の2018年の記念行事の一つとして日本に来ることを快諾してもらえるという夢のような話にまでなってしまいました。
カール・ラーション・ゴーデンはガイド付きで見学ができますが、内部の写真撮影は厳禁されています。
Christina Jonsson (クリスティーナ・ヨンソン) 館長と、Caroline Edman (カロリーネ・エドマン) 学芸員が、スタッフにしか撮れない貴重な写真をたくさん見せてくださるのではないかと期待しています。

来たこともないのに「日本は芸術家としての私のふるさと」とまで書き残したカール。その「ふるさと」に来る機会を得たことをChia キア( Christinaのスウェーデン語での愛称)もカロリーネも「夢みたい!」と喜んでいます。
今回のタイトなスケジュールの中、ぜひとも倉敷にお連れしたかったわけは、岡山出身の児島虎次郎画伯もラーション夫妻が気に入って滞在していたフランスのGrez-sur-Loing (グレー村)が好きでたびたび訪れている、というご縁があるからでもあります。(時期は重なってはいませんが…)
ラーションのお孫さんのカーリン・ラーション・オルソンさん(1939年生まれ)と初めて会った日に、彼女は日本で2000~2001年に開催された「グレー村の画家たち」という展覧会の日本語の図録を持参して児島画伯の「グレー村の風景」という作品のページを開けて「この絵はTorajirou Kojima の作品で、私のおじいさんとおばあさんはこの橋の上で運命の再会をして恋に落ちたのよ」と話してくださいました。偶然のことだったのかもしれませんが、黒田清輝でも浅井忠でも久米桂一郎でも和田英作でもなく、児島画伯のページを迷うことなく開いてくれたこの瞬間、私は椅子から転げ落ちそうにびっくりすると同時に、ラーション家族とのご縁を深く深く感じてしまいました。
この展覧会のことは、カール・ラーション・ゴーデンのスタッフも知っていて「私の生まれ故郷の岡山県の倉敷という街には日本で最初にできた西洋画の美術館があって、その大原美術館のオーナーの大原孫三郎氏の依頼を受けてコレクションの買い付けをした児島虎次郎画伯も、カール・ラーションが暮らしていたグレー村にいたことがあるのよ。日本に来るときには倉敷にも行きましょうね!」という私の話にすぐに反応してくれ「行きたい! 行きたい!」ということになったのです。
北欧文化協会、スウェーデン社会研究所など北欧関係の団体の東京での例会枠で話していただくことももちろん大事なイベントですが、倉敷にお連れすることは私にとっては特別に深い思い入れがあるのです。
貴重な機会ですので、お知り合いにも広くお声をかけお誘いくださいますようにご案内いたします。
      
申込は①メール。 yoshikomiyata0515@gmail.com
     ②電話(留守の場合メッセージを残してくださればかけなおします)
          ☎ 0467-24-0751 📱 090-1408-3806
       
カーリン&カール・ラーション友の会
http://www.karin-and-carl-larsson.net/ 
         宮田宜子
 
 児島虎次郎 「グレー村の風景」 1908(明治11年) 高梁市成羽町美術館蔵
  
 
 
 
2017年㋆27日~8月10日
日瑞国交150周年記念イベント相談のための
スウェーデン旅行
 
 2017年7月27日(木)~8月3日(木)
  Sundborn村に一週間 滞在 
2018年は日本とスウェーデンが正式に国同士のお付き合いを始めて150周年のJubileumに
当たります。双方の国で記念のイベントが計画されているようで、私も Carl Larsson 絡みのことを何か企画したいと強く思っていました。
2016年12月donation手渡しのために Carl Larsson Gården に行った時 館長の Chia
Jonsson (キア・ヨンソン)と学芸員の Caroline Edman の二人に「日本の美術館か研究所からそういうオファーは来ていますか?」とおそるおそる尋ねました。
「どこからも来ていません!」「カール・ラーションが大好きだった日本にはぜひ行きたいと前から思っているけれど、ご存知のようにカール・ラーション・ゴーデンの金庫は空っぽだし・・・」という返事に、またもや私の使命感は勝手に燃え上がってしまいました。
「ええっ! それでは 私がまたがんばってみます! ただ、私のやっているのは貧乏な会なので日本に帰ってから少し考えてみます」 とだけ言いおいて来ました。
 
 
 
Konsthallen Kvanen(粉ひき小屋ギャラリー)の
今年の企画展示
「カーリンの同時代の女性芸術家たち」)
 
今年夏の講演会のスピーカー
Elisabeth Svalin Gunnasson
さんの今年発行の著書
「お庭にいるときは、カーリン・ラーション気分」

Kvanenでの展示企画も最近はカールよりもカーリンをフォーカスしたものが多く、このサイトのネーミングに「カーリン」を先に持ってきた私はひそかに溜飲を下げています。
 
2017年7月26日
前泊した成田のホテルで、そろそろ寝ようとしている 22:00時頃、「ダーラ・デモクラーテンというローカル新聞が Yoshiko を取材したいと言ってきている」というメールがカール・ラーション・ゴーデン館長のキアから入り、びっくり仰天!!! (Christina の愛称がスウェーデンではChia=キアになるのです!)
「明日27日の朝 10:10 の便に乗って、12時間以上の空の旅をした後、アーランダ空港駅からファールンまで2時間以上の電車の旅をしてからタクシーでスンドボーンまで行くので、今夜はもう寝なきゃいけない・・・」と とりあえずの返信をして、眠れぬ夜を過ごしました。
2013年にカール・ラーションのお孫さんのカーリンに紹介されて以来、私がスンドボーン村で定宿にしているKihlström(シールストローム)さんの小屋にたどり着いたのは現地時間の21:00時過ぎ(日本時間は・・・28:00時・・・)とにかく寝なきゃ!でした。

翌28日朝、8:30に開く村で唯一のスーパーCO-OPに、滞在中の食料を調達に出かけているところに、キアから「何時がいいか? 午前中が良いと思うけど・・・」というメールが。
「とにかく行くけど、あなたは夏休みとってるんじゃなかったの? カール・ラーション・ゴーデンにいるの?」と返信して行ってみれば、すでに新聞記者さんもカメラマンさんも来ていて、心の準備もなにもないまま すぐに取材は始まってしまいました。
記者さんから「英語での取材にするかスウェーデン語での取材にするか?」を尋ねられて、「日本語が良い!」と一応言ってはみましたが、かなうわけはなく もうやけっぱちで「ここはスウェーデンなんだからスウェーデン語で頑張る!」と言い放ってしまいました。
 
 
 ローカル紙ながら一面トップの記事になっていてびっくり!
「カール・ラーション・ゴーデンの悲鳴は日本まで届いた」
という見出し。
 
4、5ページにも見開き記事がぁ~!
恥ずかしくて、恥ずかしくて「見たくもない!」
「できれば、この記事はなかったことにしてもらいたい!」 
と、旅行中スーツケースの一番奥に入れていましたが、
帰国してから怖いもの見たさで読んでみると、
キアから私に対しての過分のお褒めの言葉を読み感激❣
スウェーデンで広げて来た大風呂敷に中味を入れようと目下奮闘中です。
ジェット・ラグで頭はぼぉーっとしている状態で訳もわからぬままのことでしたが、昨年12月にカール・ラーション・ゴーデン救済のための寄付を、わざわざ日本から持参した人がまたまた来る、というキアからの情報での取材だったようです。

記事の主な内容は
DD:「カール・ラーション・ゴーデンの危機をどこで知ったか?」
私:「2016年10月下旬 Carl Larsson GårdenのFacebook から知り『これはなんとかしなければ!』と思いました」
DD:「どうして銀行振込でなく、わざわざ持ってきたのか?」
私:「寄付金だけでなく、私たちの 心 も一緒に届けたかったからです♡♡」
DD:「今回はどうして一週間も滞在するのか?」
   その質問の後、キアの顔を見たら「言ってちょうだい」と目で訴えていたもので、むこうみずにも期待に応えて言ってしまいました!
私:「2018年は日本とスウェーデンの国交150周年のメモリアル・イヤーなので、私の主宰している「カーリン&カール・ラーション友の会」でもなにかイべントをやりたいと思い、そのプロジェクトの相談をするために来ています」

と、身の程知らずの大風呂敷を広げてしまいました!
 帰国後、いろいろと考えた結果、 大きな展覧会をするというのはまず無理。
しかしながら Carl Larsson 関連のイベントをやり、ChiaとCarolineにも日本に来てもらいたい! と考え続けていました。その向う見ずなプロジェクトは、実現に 向かって着々と進んでいるのです!
乞う、ご期待 ♡
間もなく詳細を お知らせできると思います。
 
2017年8月1~3日
Carl Larssonの孫の Karinと私の共通の友人2人が、「Yoshiko がSundbornにいる間に一緒に過ごそう」
と言って来てくださいました。二人はKarin & David 夫妻と同じMazer というストックホルムに本拠を置く
室内合奏団のメンバーです。私がスウェーデンに行くたびに一緒に遊んでくれ、日本でも会い、仲良しですが
Sundbornで会うのは初めて! とても楽しい合宿でした。
     
spadarfvetのKerstiの住まい
遠望。
カーリンさんのsommarstugaは右手の茂み
の奥にあります。
 懐かしカーリンのSommarstugan!
知り合った翌年の2011年には夏至祭
の頃「ゲストとして」滞在、その後も親しくさせていただいています。
パーキンソン病のため最近は来られなくなったカーリンは共通の友人のMotomuとMoaがYoshikoと一緒に大好きなスンドボ-ンに滞在することを大変喜んでくれました
 Spadarvfetにはカーリンのお母さんのKerstiの一族の家やsommarstuga が立ち並んでいます。ちょうど水まきをしていたカーリンの姉のMaritの養子のPatrickが私のことを覚えていて3人を家の中に呼び入れてくれ、自作のパイプオルガン!を演奏してくれ、さらに自作のはちみつ!をサーバーから3つの瓶に入れてお土産にくれました! Maritは2017年春に亡くったばかりです。
 
Moa と Motomu(覓)
Sundborn川の向こう岸にあるSpadarvfet
のカーリン(Carl Larssonの4女Kersti
シェスティの末っ子)のsommarsuga
までご案内の途中。
SundbornsKraftstationの橋の上で 

 。   
カーリンのDanderydsgatan
のお部屋に飾ってあった、姉マーリットの写真。

 
2017年8月8日  (カーリンの新しい住まいまで覓さんが同行してくれました)
   
カーリンが2017年7月に入居したÄldreboende  サロンで訪問者の男性が
ピアノを演奏 
   
カーリンのお部屋。
「Yoshikoと覓からもらったお気に入りのユニクロのパンツ」
にわざわざバスルームで着替えてくれました。
Patrickにもらったはちみつのおすそ分けを大変喜びました。
車いすの人同士も楽にすれ違える
広い廊下 

 
 2016年12月3日~10日 
Donationを自分で届けにスウェーデンへ
      トップページにも書きましたようにCarl Larsson が都会を離れて後半生を暮らしたDalarna 地方Sundborn 村の「Carl Larsson-Gården」が悪質な詐欺事件に巻き込まれ600万クローナ(一時800万クローナ=1億円以上という説もありました)以上の被害を受け、存亡の危機に瀕しているという厳しいお知らせが10月24日頃から私のFacebookに入ってきていました。カール・ラーション夫妻にほれ込み、この「カーリン&カール・ラーション友の会」を立ち上げて、ささやかながらも日本での知名度アップのための活動をしている私にとっては青天の霹靂の悲しいニュースで、びっくり仰天でした。
犯人は逮捕されたけれどお金が返る見込みはないということの詳細もよく理解できないままに「なんとかしなくては!」という使命感に(勝手に?)燃えて、「カーリン&カール・ラーション友の会」の皆さまにはホーム・ページを通じ、そのほか同窓会などの集まりがあるたびに「芳志箱」を持ち歩いておりましたところ、驚くほどのdonationが集まりました。
もともと一人でもするつもりでしたからそのお金を上乗せしたものを届けてまいりました。
 
2016年12月4日 
  
   
事務のCaroline Edman と館長のChia Jonsson
(ほんとはChristinaですがみんなキアと呼びます)
Karin のrecipe で作られたpepparkakor。
「バターをつけても、スライスしたチーズを載せても、
お好きなように召し上がれ」
   
 有名なköket(台所)でfikaさせていただきました Christina Jonsson館長
通称キア 
   
後ろのCarl Larssonの絵の中に描いてあるのと同じのpepparkakka(ジンジャ―クッキー)  台所の隣の部屋
「どっちでfika したい?」と聞かれて上の写真になりました。 
 
2016年12月2日~3日 
   12月2日、やっと入手できたチケットで日本を発ちましたが、最短時間で行けるフィンエア便は取れず、デュッセルドルフ トランジット便しか取れませんでした。
さらに「機材のやりくりつかす…との理由で5時間以上の待ちぼうけとなりました。「30分前になってもゲートが開かず、なんのアナウンスもないので「おかしいぞ?」と思ったら案の定、よくあるように!? ゲートははるか遠くに変っていました。
そんなこんなでストックホルムに着いたのは夜の11時近く! 「夜まで明るい夏じゃないんだから」と思ってまっすぐ電車でSundbornに向かったりしないで、ストックホルムで一泊することにしておいてよかったぁ!! ホテルに着いたのは夜の0時過ぎでしたから。
 
  
 翌朝、Stockholm 中央駅からFalun に電車で行き、連絡しておいた Kihlström さんのコティッジに到着!
2012年に孫カーリンさんから紹介してもらって以来、この「小屋」に泊まるのは、いったい何回目かしら?
6回目のようです・・・。
   
ふと小屋の窓から外を見ると雪が積もっていました!
  ジェット・ラグで早朝目が覚めて撮った
Kihlströmさんのかわいいコテッジ  


Sundbornの橋にも雪
 
Kihlstömさんの小屋の前の川原はカモだらけ❣
 
   
だれの足跡もつかない雪景色の写真を撮りたくていそいで下の写真です。
夏景色とはまた違った趣の貴重な写真でしょう⤴! 
 
   
   
カール・ラーション・ゴーデン受付
 

スンドボーン教会  
   
  Carl Larsson 家のお墓にも Julkransen (クリスマス・リース)
がお供えしてありました。 

12月10日無事帰国した私のところにストックホルム在住の友人から。あっと驚くニュースが!
「カール・ラーション・ゴーデンまでdonationを届けに来てくれた日本人がいました。大変温かい心遣いに勇気をもらいました」と

スウェーデン・ラジオ ダーラナ ローカル放送で私のことを話すChia Jonsson

 
 
 2016年6月20日(水) 16:00~
一橋大学などが主催するMOS
(Magnetism of Sweden)に於いて
 「カール・ラーションを訪ねて 
―終わりのない旅と出会い―」
のトークを行いました。

2016年5月17日(火)~27日(金)
 スウェーデン訪問

Arlanda→Falun→Sundborn→
Leksand→Stockholm(Södertälje)

 
17 maj(tors.),2016  Kamakura till Sundborn via Falun 
鎌倉を早朝
Tokyo→Narita→
Helsinki→
STHLM 15:55着→
Arlanda C 18:06発の
SJ→Falun C 20:27着
→Sundbornまで一気に
行った長い5月17日!
アーランダ空港から電車駅に行くエレベータ―

去年Sundborn村に滞在中
見つけたこのB&Bに初めて
泊まってみます

B&B オーナーのLars&Lena Lind
「Falun 駅まで迎えに
来てほしい」という私のお願いどおり経営者のLarsが来てくれていました。
初対面でしたが事前にLarsとLenaの写真を送ってもらっていたのでFalun駅でも難なく
見つけられました!


LarsのB&Bは教会とLilla Hyttnäsのちょうど真ん中
 
Lenaのバイオリン仲間
たちが熱烈歓迎!

LarsのB&Bの2階ベランダからSundborn教会が!

まずはSundborn教会へ(22時でもこの明るさ)!

100年以上前にカール・ラーションが描いた教会の絵
あたりまえだけどそっくリ!

教会内部

  スンドボ-ン村の標識
左 リラ・ヒュッテネース
  ストラ・ヒュッテネース
 教会
 
18(ons)maj,2016  Sundborn

カール・ラーション・ゴーデン受付には、いつもきれいなお花が!

10:00からのガイド・ツアーに参加。次のツアーはこんなに大勢!
子どもたちが井戸に落ちないように作ったカバー

Lilla Hyttenäs
と「白い桟橋」 

「大きな白樺の下の朝食」の絵を描いた場所
(絵の中でクリックすると絵が見られます



隣のレストラン・Hyttstuganでランチ

ランチ・スモルゴス


水もこんなにおしゃれ!

壁はカール・ラーションの絵だらけ!
 
19(fre)maj,2016  Sundborn
 
今回の旅の最大目的は去年の秋から毎月開催されていた「ラーション家の友人達」という講演会シリーズの最終回を聞くことでした。
リラ・ヒュッテネースの「大きいアトリエ」に沢山の椅子を並べて、スピーカーはストックホルム、ヴァルデマシュ・ウッデにある「エウフェン王子美術館」のキュレイターさん。私以外のオーディエンスは全部スウェーデン人? 全身を耳にしてはいましたが、やはりテキスト無しでのヒアリングはかなりハードでした。
 Föreläsningen
“Famijlien Larssons Vänner”
18:00~20:00
@ Carl Larsson Gårdens Stora atelien
(Siceron:Karin Sidén)
"Intendenten till Prins Eugens Wardemarsudde" 

講演を聞くにはここをクリック

今年新しく出版された
「カール・ラーション・ゴーデン
写真集」
 
 
   
 Kvarnen(粉ひき小屋ギャラリー)とミュージアム・ショップ
 
     
 Kvarnen内のショップ
 
20(fre) ~23(mon) maj,2016  Sundborn→ Leksand 
20(fre)       
     
21(lör)       
  Leksand Hotell  Leksand郊外のroppis で入手したもの   
   
22(sön)       
  ちょうどLeksandのkonfirmation
(堅信礼)の日で
、中学生になった子たちがボートで教会に向かうところを見られました。 
ボートからおりて教会に向かう姿。  教会内での
konfirmation
(堅信礼)の様子 
   
   
Leksand教会
 
利典♡敏子夫妻

お二人とも元スウェーデン語のクラスメイト
 
利典氏が用意してくださった
なべ物用野菜
 
Leksandの夏至祭が行われるSamillilsdal

お肉の薄切りも利典氏 
23(mon)~26( tors),maj Leksand→Stockholm 
23(mon)       
       
24(tis)   1883年6月フランスのGrez村に滞在中だったCarl Larssonは「一時帰国しStockholmのAdolf Fredriks Kyrka でKarin Berööと挙式した」と本で読んではいたのですが、初めて訪れることができました。   
協会墓地には1986年2月28日に付近で暗殺されたOlof Palme首相のお墓もありました。
   
Vardemarsudde
にあるPrins Eugens Museum

美術館内からの美しい眺め♡
 
この時の企画展
「Ljusets magi」
の図録
 25(ons)     2014年3月Parisで初めてのカール・ラーション展が開催された際に訪れたGrez-sur=LoingのHotel Chevillonで出会ったJohan PtricknyのSödertäljeの自宅訪問  
     
26(tors),maj Japan
  
 
 
2015年㋆31日18:00~20:00
JISS(スウェーデン社会研究所)の第176回スウェーデン研究講座で
スウェーデン大使館 Alfred Nobel Auditorium に於いて
「カール・ラーションを訪ねる長い長い旅Långa ,långa resa möt Carl Larsson」というお話をさせていただきました。
「långa,långa resa」はスウェーデンの代表的童話作家Astrid Lindgrenの挿絵画家 Iron Vigland の自伝「Långa,långa resan」をもじったもので、エストニアからの難民としてスウェーデン在住の祖母を訪ねて「長い長い一人旅」をした Iron の心境と毎年1、2度カール・ラーションを訪ねる一人旅を続ける私自身の心境をあらわしたものでもあります。
 
 
 

講演会の準備のための資料を探す過程で、スウェーデンから
持ち帰った書籍類はこれだけありました。
ほかにもパンフレットや地図などは数限りなく・・・。
それでも、まだまだほしい本はあります。旅はまだまだ続きそうです。

直前のスウェーデン旅行の際にDalarna地方Leksand郊外にあるJobs Handtryck(ヨブス染織工房)で求めてきた生地で仕立ててもらった帯でAlfred Nobel Auditoriumの演壇に上がりました。
”Rosenkunopp(ばらのつぼみ)”というデザインは兄のPeerと共にヨブス工房を立ち上げたLisbet Jobsの作品で、ポピュラーな柄なのでどこかのお宅のカーテンやテーブル・クロスになっているかも...。でも帯は、世界で一つだけ!のはず😅
   
 2015年7月
Stockholm→Sundborn→ Stockholm→ Wadstena→ Stockholm→ Uppsala
6月19日ストックホルムのアーランダ空港 到着1時間後の電車を日本から予約し Falun に向かうという離れ業をしました。成田を発つのも遅れもなく、ヘルシンキでのトランジットもスムーズに行きメールで頼んでおいた通り、Leif Kihlström がFalun 駅に迎えに来てくれていました。
 
2014年12月ストックホルムで買い付けてきた100部を超えるカール・ラーションのカレンダーを「カーリン&カール・ラーション友の会」に入会してくださった皆さんに無料配布しました。
到着早々ホテルの部屋にスーツケースの中身を全部出し、カレンダーを予約していた ドロットニング・ガタンの本屋さんに行き、店先で広げたスーツケースに入れてホテルまで帰りました。結局手荷物で全部持つのは無理で一部は航空便で送り、帰国後 手渡ししたり送ったりました。皆さん大変喜んでくださいましたし、自作の説明文が好評でしたので凝りもせず2016年版もストックホルムの Lingonn Travel さんのご協力で有料にて手配中です。
 
2014年12月
Stockholm
Göteborg
 
2014年㋆~8月 
1週間で日本に帰る友人たちと別れて、私だけ残りました
2014年7月
 
スンドボーン村滞在 
 7
2014年7月には大学時代の同級生二人と一緒にストックホルム、スンドボーン訪問の旅をしました。気ままに歩き回れる一人旅も好きですが、気の置けない仲間との旅もとても楽しいものでした。いつも独り占めしていた美しい景色を「ほーらねえ!!!」と自慢?できて。
いつものスンドボーンのシールストロームさんのコテッジの外テーブルで宴会もできましたし。
 
 
 
 
 2014年5月28日
男がスウェーデン留学でお世話になったAFSのリターニーのみなさんが運営する
「AFS友の会」のスピーカーとしてお話する機会をいただきました
 
2014年3月4日~6月7日
パリで初めてのカール・ラーション展開催
Carl Larssons fösta utställning i Paris
 
登録しているストックホルムの国立美術館からのお知らせメールで、初めての「カール・ラーション展」がパリ万博会場だったPetit Palais で開かれるということを知ってしまったら私の心はもうパリへと飛んで行っていました。 

フランス語のできる友人と二人旅。
到着翌日の5月7日にまっしぐらに行って来ましたが、ストックホルムでも、いつもはなかなか目にすることのできない作品多数を見ることができました。
(下左) プチ・パレ―前で並ぶ見学者の列
(下右)スンドボーン村のカール・ラーション・ゴーデンを模した赤い家の絵の窓を開くとカー ルの絵がみられる仕掛け。スポンサーのIKEA提供の子供の遊び場なので写真撮影OKでした。

  

OVNI Paris という月2回発行の日本語フリー・ペーパーの
「カール・ラーション展」記事
 



Carl Larsson が暮らしていたGrez-sur-Loing訪問
14年5月9日 「フランス国公認日本語ガイド通訳協会」の浜田達郎氏が
車で連れて行ってくださいました。(浜田氏とのご縁がつながった経緯は後述)


 

上の地図右端の黄色い高速道路から下側の分岐点で分かれて、ロワン川の南岸に車を止めたところからの眺めです。
見事なマロニエの大樹は浜田氏曰く「パリの街中じゃ,
あんなに大きくはなれませんよ!」とのこと。

1882年失意のカール・ラーションも渡ったこの橋を渡り始めた感動の瞬間です。
左手 川岸に見えているのはグレーの洗濯場、その向こうに見えているのは「ガンヌの塔」。どちらもこの村で暮らした芸術家たちのモティーフになったものです。

川向うから見えていたマロニエは実は1本の大樹ではなく複数の木でした。パリ市内のマロニエはほとんど花は終わっていましたが、ここのものは花盛りでした。
マロニエってこんなかわいい花だったのですね。
カール・ラーション等北欧からグレーに来た画学生が間借りしていたHotel Chevillon。
おかみさんが亡くなった後しばらく閉鎖され、荒廃しかかっていました。スウェーデンの新聞社 Svenska Dagbladet や、カメラのHasselblad などがスウェーデンの芸術家ゆかりの建物保存のため「グレー・シュル・ロワン財団」を設立。1994年3月からは北欧を中心としたフランス留学生 のための寮 兼 アトリエとして使用されています。
Fondation Grez-sur-Loing のホームページには「見学は水曜日14:00~17:00のみ」との記述があるのに気づいたのは出発前日! 浜田氏に連れて行っていただける9日は金曜日なので、内部には入れないものとあきらめていました。
 
 
 
ところがこの写真の左端と右端の二人が自転車で出かけようと玄関前にいたので、
「スウェーデンからの留学生かしら?」と声をかけてみたところ右端の若者がストックホルムから来ているJohan Patricny という画学生であることがわかりました。


「カール・ラーションに大変興味を持って日本から来た者で、館長さんにメールしたのですが、中を見せてもらえるのは水曜日だけなのですよね? 」と思い切って尋ねてみたところ、許可を得てくれて中も見せてもらえました。らせん階段の手すりに写っているのはJohan の手です。
 
   

 
  Hotel Chevillon 中庭
左手が本館。
正面ががアトリエとして使っているところ。
Hotel Chevillon 中庭の浜田氏 (同行の入来院ひさ子さん撮影) 

Friluftsateljen
(Foto:Nationalmuseum STHLM)
 左側の絵はカール・ラーションと同時代にグレーに滞在していた William Blair Bruce という画家が1882年に描いた、制作中のKarin Bergöö の姿です。この絵の庇がそのまま残してある,とJohanに説明されて撮ったものが上の写真です。
カナダ人のブルース(妻はスウェーデン人)は荒屋鋪 透氏の著書「グレー=シュル=ロワンに架かる橋」によりますと黒田清輝の日記や鹿児島の養父母に宛てた手紙に「古巣」という表記で登場する人物です。
 
Vinet(1884)
(Nationalmuseum STHLM)

左の絵のぶどう棚だと
Johanが説明してくれました。
グレー村の「古い橋」
ここでカールとカーリンは運命の出会いをしたのです!
この通りがRue Carl Larsson。
「ガンヌの塔」 グレー村の静かな佇まい
(電線は地中化されています)


法律の勉強のために1884年にフランスに
留学した黒田清輝は、1886年画家に転身し
ラファエル ・コランの弟子入りしました。
黒田清輝が暮らしていた家はもうありませんが、その場所にはこのようなプレートが貼られお披露目の時には在仏日本大使もいらしたそうです。
この家の前の道路は
rue Kuroda Seiki黒田清輝通り」
と命名されています。


Johanが案内してくれた「グレー村役場」には2001年に日本で開催された「グレー村
の画家たち展」のポスターがたくさん貼ってありました。

 Grez-sur-Loingはフランスで「最も美しい村」
コンテストに応募中とのことでした。

Carl Larsson のご縁で
SundbornとGrezとが
♡姉妹村になればいいのに♡

  
 
1883年ストックホルムで挙式後グレー村に帰ってきてすぐ、
花嫁衣装のカーリンをオテル・シュヴィヨン中庭前の
ロワン川の岸辺 に立たせて描いた絵。
右はその場所と思しき場所を撮った写真。(2014年5月9日)
   
 
この建物は最初、女子画学生の住まいだったので、中に入れないカールが窓下でカーリン賛歌を読み上げているところ。
(資金援助申し入れのために出版社社長のAlbert Bonnier への手紙に描いた自筆カリカチュア)

左のカリカチュアの建物の今現在の姿。  今も女子寮のようでした。
中庭から上がる階段、バルコニー手すり、明り取り窓などは当時のまま。建物左手向こうにガンヌの塔が見えています。
 
   
二人が1883年結婚後の住まいであったHotel Chevillon の離れ
上の写真の建物を正面から撮ったところ。
 
 
                   Hotel Chevillon 中庭
左手の白いジャケットの方が「フランス国公認日本語ガイド協会」の浜田達郎氏です。
2013年10月29日に東京のスウェーデン大使館で「カール・ラーションのお話」をする機会をいただいた時、Grez村の検索をしていて、こちらのサイトにたどり着きました。画像使用の許可をお願いするメールを出したことがきっかけで、3月のパリでのカール・ラーション展のお知らせをしましたところ、グレー村まで車で連れて行ってくださる、というありがたいお申し出をいただきました。結局グレーには日本から同行した友人と、ストックホルムから飛び入り参加してくれた友人と、そして浜田氏のガイド仲間の高木さんの5人で行きました。
 

 グレー村の地図
 
↑ スンドボーン村の地図

川の彎曲具合といい、橋の位置といいそっくりだと思いませんか?  

 
スウェーデンの新聞 Dagens Nyheter の文化面の記事に、カール・ラーションが暮らしていたことのあるモンマルトルのrue Le Pic 53番地の、すぐご近所に Vincent van Gogh が暮らしていた弟テオのアパートがあり、その建物には「ゴッホの住まい跡」というプレートが貼ってあると書いてありました。
同じように日本の絵画や文化に深い関心を持っていた、同じ1853年生まれの画家が
と、いたく感激しモンマルトルのインフォメーションセンターで地図を求め、まずはプレートの貼ってあるゴッホの住まい跡 rue Le Pic 54 を訪ね歩きました。下の地図右側の拡大図のrue Le Pic 通り添いの右側が偶数番地(インフォメーション・センターの方が青いボール・ペンで54と書いてくれています)。ということはカール・ラーションが住んでいたのは、その真向いの建物ということだと思います。
今回の展覧会をきっかけとして、こちらの建物にも「カール・ラーション旧居」のプレートが貼られることを切望します♡

モン・マルトル地図
右下がサクレ・クール
サクレ・クールの真西あたりに
あるのがrue Le Pic
二人が出会ったかどうかはわかりませんが、ゴッホの書いたものの中に
「スウェーデン人」という記述が残っているそうです。 

5月10日にLouvre (Orsay)を見学していてCarl Larsson 作の
「Romanen(Kersti)小説を読むシェスティ}という作品に出合いました!
Carl 60歳、シェスティ17歳の1913年の水彩画作品。

 
(2013年版カレンダーより)
 

5月14日 帰国の日、シャルル・ドゴール空港から虹が見えました!   
 
2014年3月14日
パリでの初めてのカール・ラーション展を見に行くことを決心した直後二男のホスト・マザーのAnita Aspegren から大変な郵便物が届きました。カール・ラーションが家族とリラ・ヒュッテネースを描いた2冊目の画集「De Mina(ドム・ミーナ 私の家族)」の初版本! 
表紙を開いて絶句
なんと1928年2月28日(土)付けの「カール・ラーション夫人カーリン死去」というSVENSKA DAGBLEDET (スウェーデンの2大日刊紙の一つ)のセピア色の記事切り抜きが挟まっていました!
  
 
 
 Karin Larsson の死亡記事

(大きな文字で読むには記事の上でクリックして出る写真をもう一度クリックしてください)
(obs:När du vill läsa större bokstaver, vänligen knäppar mouse på artikeln ! )
   前半は記者が書いた報道記事。
印以後の文章は夫婦の長い間の友人のGeorg Pauli
の心のこもった追悼文でした。
恐る恐るコピーをとって、スウェーデン語クラスに持って行きクラスで読みました。スウェーデン人の先生から「今はこれだけ格調の高いスウェーデン語をかける人はなかなかいません。いい文章を読ませてくれて、ありがとう」と言っていただきました。もちろん Anita にお礼メールをしました。

カール・ラーションは「私の画家仲間」というページにHannna & Georg Pauli 夫妻の似顔絵を描いています。
 
 
  
 2013年10月29日
JISS(スウェーデン社会研究所)
主催の例会で2時間のお話を
させていただきました。
会場のスウェーデン大使館
Alfred Nobel Auditorium が
満席になる盛況という
ありがたいことになりました。 
「カーリン&カール・ラーション
友の会」を立ち上げた直後でも
あり、大変励みになりました。  
 
 
2013年
カール・ラーション生誕160周年記念展開催
会期:2013年6月13日~11月3日
会場:国立ストックホルム美術大学の展示場

ストックホルムの国立美術館所蔵の100点以上の
カール・ラーション作品が展示されています。
(美術館は改装中です)
詳細は http://www.nationalmuseum.se よりご覧ください。
また、APP store より 「Carl Larsson-Vänner & Ovänner 」 という無料ソフトをダウンロードすれば、一部の展示作品と解説を聞くことができます。
 
 
一般公開直後の6月18日にスウェーデン語ガイド付見学に参加して来ました。
「Vänner och Ovänner (カール・ラーション――仲良くしていた人たちと仲違いした人たち)」というサブタイトル付の今回の展示は、国立美術館本館が改築中なので国立美術大学(カールが通っていたところ)の展示室で開催されています。ふだんはなかなかお目にかかれない所蔵作品を一度に見られるまたとないチャンスです。
機会のある方は是非足をお運びください。

SV語ガイド付見学:月・火・木曜日14:00~
英語ガイド付見学:水・金曜日14:00~


( 展覧会案内書の中の地図に日本語訳をつけました)
 地図中ののところが国立美術大学所在地。
最寄駅は地下鉄紫ラインの終点「Kungs trädgården (王立公園駅)」ですが、中央駅からストックホルム銀座の「Drottninggatan」を歩いても10分足らずです。正面入り口はFredsgatanの方ですが、Jakobsgatanの入口からならエレベーターが使えます。

1870年~1920年にかけてカール・ラーションとその家族ががかかわりを持ったスウェーデンの画家、教育者、美術品収集家、批評家、そして文筆家との交流に焦点を当てた展覧会です。今回の展覧会のための図録はもちろん関連の新著書もいくつか出版されています。

 



今回の生誕160周年記念展覧会のための図録。
カール・ラーションを一躍有名にした画集“ETT HEM”のなかの美しく穏やかで幸せに満ちた世界だけでなく、彼の屈折した面を助長させた辛い出来事にも焦点が当ててありました。


カール・ラーション自身が書き1931年(没後12年)に出版された“JAG”
2011年に出版された“JAGーCarl Larsson
(Per I.Gedin著)。
そして3冊目の“JAG” が今年出版されました。
ラーションの孫のカーリンさん宅を訪れた6月18日に1冊いただきました。心ははやるのですが、まだまだ完読できていません。


 スンドボーン村カール・ラーション・ゴーデンと
ギャラリー「Kvarnen(水車小屋)」でのコラボ
2013年5月26日~8月11日まで開催中です。
 
 ラーション一家の貴重な品々が展示してあります。なんと、カーリンのウエディング・ドレスも!  7人の子供たちのその後の人生についての詳しい説明もありました。

 

Konsthallen Kvarnen(水車小屋美術展示場) へは、カール・ラーション・ゴーデンから道路の白と青の縞模様に沿って歩けばひとりでに行けます。カール・ラーションが滞在中のフランスのグレー村で1883年に結婚直後に新妻カーリンを描いたこの絵のbrudklänning (ウエディングドレス)の実物が展示してあり、「ああ! ここまで来て良かった!!」と大変感動しました。ドレスの素材は綿サテンと書いてありました。少し黄ばんではいましたが、この絵のままの素敵なドレスでした。他にも二人の結婚指輪や、Karinのお針道具、その他貴重な品々が多数見られました。こちらの展示は8月11日 までです。お急ぎください。
 
 Bergöövåningen i Hallsberg

今回の旅では、 ストックホルムから電車で2時間ほどのところにある町 Hallsberg に現存するKarin Larsson の実家、Bergöö (ベリヨー)家を6月19日に訪ねました。
カーリンの父 Adolf Bergöö は豪商でしたので、この家はストックホルムの NK(Nordiska Kampaniet Varuhus=スウェーデン王室御用達のエヌ・コー・デパート)など数々の名建築を手がけた Ferdinand Boberg 設計の堂々たる住まい兼店舗でした。現在は記念館として公開していますが、ハルスベリ―・コミューンのタウンホールとしても活用されています(ガイド付き見学は要 申込)。
ボーべりの親戚がラーションが後半生住むことにしたスンドボーンにいたことから、二人は前々からの知り合いでもあり親しい付き合いがあったようです。
内部にはカール・ラーションの壁画が残り、暖炉の上の Adolf の胸像は、スンドボーンのリラ・ヒュットネース前にある胸像のオリジナルであるとのことでした。
Hallsberg コミューンのホームページ(http://www.hallsberg.se 内のbergöövåningenから内部を 3D画像 で見ることができます。
 
Hallsbergは下図の黄色い線で囲まれたエーレブルー県にあります。ストックホルムからノルウェーの首都オスロ方面に行く列車の分岐点として昔から往来の盛んな土地であったようです。
  
     
カール・ラーションの妻となったカーリンの父Adolf Bergöö が、建築家Fredinand Boberg (ストックホルムのNKデパートの設計者)に依頼して建ててもらったものです。  Adolf 自身はこの豪邸に住むことはなく、大通りを挟んだ向かい側の「白い家(Vita huset)」に住み続けました。新居にはカーリンの弟Per 夫妻が住み、麦わら帽子屋さんをやっていました。 伊澤理絵さんと、ガイドの女性。スウェーデンに留学中の理絵さんが私のホーム・ページを見てメールをくださったことからHallsberg にご一緒することになりました。
     
左側の壁画はカール・ラーションが描いたもの。私が上がっているところは音楽を演奏する人たちのための場所です。夫妻がパリ万博のための作品制作で1888年4月から翌年5月まで渡仏している間、長女のSuzanneと長男Ulfは実家のBergöö家に預けられていました。フランスで生まれた二男Pontusとともに帰って来た父にUlf が「おじさん」と呼びかけたという有名な逸話があります。 
Hallsberg の Bergöö家の居間暖炉の上のAdolf Bergöö の銅像(こちらがオリジナルだそうです) SundbornのCarl Larsson Gården入口前にあるAdolfの銅像(これはコピーだそうです)

 
Midsommarafton(夏至の前日祭)の夜の音楽会
“Vi kan inte sova bort i sommarnatten―ミッドソンマル・アフトンには寝ちゃいられない”
会場のSundborn教会

(21 juni ,2013 22:00 撮影 この時間で、この明るさ!)
 
入口上のパイプ・オルガンのあるバルコニー
独唱者はここから現れて下の写真の説教壇前のステージ
まで、参列者席の真ん中の通路を歌いながら歩きます。

説教壇に向かって左手の壁画
イエス・キリスト像(カール・ラーション作)
 
正面の説教壇
下に貼りつけた動画の音楽会はこの説教壇の前で行われています。
上の2枚の写真に描かれている壁画はもちろん、柱、椅子なども
内装はほとんどすべてカール・ラーションの手になるものです。
(教会内部は2013年6月23日午前中に撮影)
         Midsommarafton(夏至の前日祭)の夜のSundborn村の教会の音楽会
22:00時からカール・ラーション・ゴーデンのあるSundborn村の教会で毎年開催される音楽会のもようの動画です。 
ピアノを弾いているのは牧師さんの奥様(オルガンもとてもお上手です)のBeatrice Paping 、バイオリンはRiksspelman (国家資格を持つ民俗音楽演奏家)のPelle Gustafson 、チェロを弾いているのは奥様のElizabeth、プロの声楽家に混じって教区のコーラス隊の小さな女の子たちのパフォーマンスがとてもかわいくて毎年楽しみにしています。昨年は撮影しませんでしたが、周りでみんなが写していたので遠慮がちに今年は写しました。音楽会は24:00過ぎまでありますが、6月のスウェーデンはまだまだお昼間のような明るさです。
(2013年6月21日撮影)
        コンサート出演者総出のフィナーレ
 
      Stora Hyttnäs 
いわゆる「カール・ラーション・ゴーデン」=Lilla Hyttnäs とSundborn川を挟んだお向かいに、Stora Hyttnäs という建物があります。stora は英語のlarge(大きい)にあたるスウェーデン語で、その名の通りLilla Hyttnäsよりもずっと大きくて立派なお屋敷です。以前から気になっていましたが、なかなか開館時間が私のスケジュールに合わず中を見られないままでした。この広大な庭付きの邸は、1600年代には世界の銅の3分の2を算出していたファールン銅山で働く人の住まい兼精錬所でしたが、銅山の衰退後は Pontus Tundal という豪商の手に渡り、その娘のHenrika Linderdahl (夫は軍人のPontus Linderdahl)が受け継ぎました。広大な庭には樹齢 350年を越えるであろうと言われているリンゴの木(下の写真の歩道右の木)が今も残っていました。邸内には家族ぐるみで親しくしていた証のカール・ラーションの絵や、カーリン・ラーションが誕生プレゼントに贈った絵やクッションや日本の漆塗の戸棚(をまねてカール・ラーションが作ったもの)なども保存されていました
 
 
 
2013年3月12日
津田塾同窓会岡山支部にて
「スウェーデンとカール・ラーションに魅せられてというお話をさせていただきました。
当時の岡山支部長 上岡美保子さんが2012年までJETRO ストックホルム所長をなさっていらしたご縁からでした。同郷+同窓+スウェーデン という共通項が重なる美保子さんとは
訪瑞のたび通算5回ぐらいお会いしていたでしょうか。 
 
 
    
   Carl Larsson が滞在していたフランスのパリ郊外のGez-sur Loing には岡山出身の児島虎次郎画伯も住んでいました。